スマホ 使いすぎ【「支配」されてるか「活用」してるか、それだけの違いだった】

レストランで周りを見渡したとき、ふと気になった。

家族っぽいグループが来ていた。
でも全員、それぞれスマホを見ていた。

隣のテーブルの友達グループも、
カップルも、なんとなく似たような感じだった。

せっかく一緒にいるのに、と思った。
なんか寂しいなと…

自分が気にすることでもないし、
他人の時間の使い方にとやかく言う気もない。
でも、その光景が頭に残った。そして自分はどうか、と考えた。

スマホを「活用」するのはいい。
でも「支配」されてるのは嫌だ。
その違いって何だろう、という話を書きます。

スマホを使ってるのか、スマホに使われてるのか。
それだけの違いにゃ🐈

目次

見ていて感じた「寂しさ」の正体

レストランで感じた違和感、もう少し正直に書く。

家族で来てるのに、親も子もそれぞれスマホを見ている。
友達グループで来てるのに、みんなが自分の画面に向かっている。
カップルで来ているのに、向かい合って座りながら二人とも画面を見ている。

一緒にいる意味って何だろう、とちょっと思った。

歩きスマホも同じで、
前を向かずに画面を見ながら歩いている人をよく見る。

ナビを使いながら歩くのはわかる、それは目的がある。
でも何かを延々とスクロールしながら歩いているのは、ちょっと違う気がする。

友達とご飯を食べているときにずっとスマホを見ている人も、
正直「???」となる(笑)。

完全にNGとは言わない、ちょっと確認するくらいは全然いい。
でも、ずっと画面を見ながら会話してる状態は、なんか違うな、と感じてしまう。

責めているわけじゃない。自分が気にすることでもないとも思う。

でも、その光景から感じた「寂しさ」みたいなものは、本物だった。
そして、それは自分も他人事じゃないかもしれないと気づいた。

一緒にいる時間に全員がスマホを見ている。
その光景への違和感が、自分のスマホの使い方を見直すきっかけになった。

「支配」されているスマホの使い方

他人の話をしておいて、自分はどうか。正直に振り返ってみた。

「とりあえず開く」という習慣、自分にもあった。

何かを調べようとか、誰かに連絡しようとか、
そういう目的があるわけじゃない。

ただ、手が空いたらなんとなくスマホに手が伸びる
。開いて、SNSをスクロールして、特に何も見ていない。
気づいたら数分経っていた、ということがある。

これ、スマホを「使っている」のか「使われている」のか、ちょっと怪しい。

暇になったら反射的に開く。
会話の隙間に開く。
何かを待っている間に開く。

意識してないのに、体が勝手に動いてスマホを手にしている。
これがいわゆる「支配」されている状態に近いと思う。
スマホが主導権を持っていて、自分はそれに従っている感じ。

怖いのは、本人が気づきにくいこと。
「ちょっと見てただけ」「別に依存してるわけじゃない」と思いながら、
気づいたら長時間触っていた、ということになりやすい。

スクロールしても何も残らない。でも時間は確実に消えている。

SNSのタイムラインを流し見て、特に何も情報として入ってこない。
YouTube Shortsを次々に見て、気づいたら1時間。

「とりあえず開く」の習慣は、思っているより脳のリソースを使っている。
脳のリソースというのは、集中力や判断力みたいな、頭が使えるエネルギーのこと。

無意識にスマホをチェックし続けることで、知らないうちに消耗している。

目的なく「とりあえず開く」が習慣になっているなら、
スマホに動かされている状態かもしれない。
無意識の操作は、脳のリソースも静かに消耗させる。

▼SNSの使いすぎをやめた話はこちら📌
SNS 使いすぎをやめる方法【振り回されなくなった3つの習慣】

「活用」しているスマホの使い方

じゃあ「活用」とは何か。シンプルに言うと、目的があって開くこと。

調べたいことがある。
誰かに連絡したい。ナビを使いたい。音楽を流したい。本を読みたい。

こういう「使う理由」があって開いて、用が済んだら閉じる。
これが「活用」の状態だと思う。

ちなみに自分はスマホで本を読む(笑)。これは完全に活用。
読みたい本があって、読み終わったら閉じる。
目的があって開いて、完結している。

「スマホで本を読む=スマホ時間が長い」じゃなくて、
使い方の質の問題。

同じスマホを使う時間でも、その中身が違う。

ナビも同じ。目的地に向かうために使って、着いたら終わり。
歩きながらのナビは使うけど、意味もなくSNSをスクロールしながら歩くのとは全然違う。

「支配」と「活用」の境界線はシンプルで、
「自分がスマホを動かしているか、スマホに動かされているか」だと思う。

主導権がどちらにあるかだけの話。
スマホ自体が悪いわけじゃない。道具として使いこなせているかどうかの問題。

目的があって開き、用が済んだら閉じる。
それだけで「活用」になる。スマホで本を読むのも活用。
スマホが悪いんじゃなく、使い方の問題。

▼スマホのアプリ整理についてはこちら📌
スマホのアプリを整理したら、触る時間が少し減った話

自分が意識を変えたこと

レストランで感じた「寂しさ」から、
自分のスマホの使い方を少し見直した。

劇的な変化があったわけじゃない(笑)。
アプリを全部消したとか、1日1時間しか使わないとか、
そういう極端なことはしていない。

ただ、「とりあえず開く」の頻度を意識して減らした。それだけ。

具体的には、「これを見たい・調べたい・読みたい」という理由がないときは、
なるべく開かない。

手が空いたときに反射的に開きそうになったら、
一瞬止まって「何のために開くんだっけ」と考える。
たったそれだけで、意味のない「とりあえず開く」がだいぶ減った。

誰かといる時間は、できるだけスマホをしまっておく。
食事中に確認が必要なときは確認するけど、
会話を切り捨てるほど画面に向かうことはしないように意識している。

「一緒にいる人との時間を大切にする」というより、
「その場の時間をちゃんと過ごす」という感じ。

スマホ中毒だったわけじゃないから、大きな変化じゃないかもしれない。
でも、一緒にいる人との時間をちゃんと過ごせてる感覚は、
少し増えた気がする。

「とりあえず開く」が減ったことで、
なんとなく頭の中がスッキリしている時間も増えた。
意識するだけで変わるものって、意外とある。

「何のために開くんだっけ」と一瞬考えるだけで、
「とりあえず開く」はかなり減る。極端にやめなくていい。
意識するだけで変わる。

まとめ:スマホをやめるんじゃなく、主導権を取り戻す

スマホをやめろという話じゃない。手放せという話でもない。

  • 「とりあえず開く」が習慣になっているなら、スマホに動かされているかもしれない
  • 「支配」と「活用」の違いは、目的があるかどうかだけ
  • スマホで本を読む・ナビを使う・連絡する、これは全部「活用」
  • 誰かといる時間にスマホばかり見るのは、一緒にいる意味を薄くする
  • 「何のために開くか」を一瞬考えるだけで変わる
  • 無意識の操作は脳のリソースを静かに消耗させている
  • 主導権はスマホじゃなく、自分が持っていい

レストランで見た光景は、自分が気にすることじゃないかもしれない。
でも、あの「寂しさ」は本物だった。
そして気づいたら、自分のスマホの使い方を振り返るきっかけになっていた。

スマホは道具だ。使いこなせているなら最高。
使いこなされているなら、少しだけ意識を変えてみる価値はあると思う。
やめるんじゃなく、主導権を取り戻す。それだけでいい。

スマホを使いこなしてる人と、スマホに使われる人の差は、
意識だけにゃ🐾

スマホに「支配」されるな。「活用」する側でいい。

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この記事を書いた人

アラサー会社員。時間・お金・モノをシンプルにして、豊かな生活を目指してます。サウナと車と週末の爆食いが好き。

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